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NovelLamp > Play with Mad Scientists! > 1375 22

1375 22

    龍雲には妻子がいた。妻は日本人であり、結婚した当時、龍雲は日本中に潜伏する中国工作員の一人だった。


    日本に潜伏する工作員は、情報の収集が最大の役割だが、日本に逃れたチャイニーズマフィア達の勢力を弱めるのも、重要な役割である。日中の国交が途絶えた今、マフィア達にとって、日本は資金源としても潜伏先としても、非常に都合のいい土地である。


    龍雲はチャイニーズマフィアの組織を潰しにかかり、その結果妻子を人質に取られた。


    家族を人質に取ったマフィアは、先に幹部の一人を捕縛されていた。龍雲はその幹部の解放を迫られ、こっそりと幹部を逃がした。


    妻子は無事解放された。妻子は一切の危害を加えられていなかった。


    後日、龍雲の行ったことが軍にバレた。任務より家族を優先させた龍雲には、苛烈な運命が待っていた。


    龍雲の行為は軍上層部にまで知れ渡り、上層部より、他の工作員部隊に非情な命令が下される。


    龍雲の妻と息子は拷問されたあげく殺され、その有様をネット上に流され、死体は晒された。


    この見せしめ行為は、日本国内に潜伏する工作員達を抑える効果にはならなかった。逆に激しい反発を買い、命令を下した軍上層部将校が、義憤に駆られた軍内部の者達によって、惨たらしく殺され、その映像がネット上で公開されるという事態になった。


    しかしそんなことをされても、龍雲の気は晴れない。


    軍から離れた龍雲は、そのままマフィアの一員に転身したが、その組織の長は、日本国内で外来のマフィアとして動き続けている事に嫌気がさしていたようで、龍雲が組織の一員となって程なくして、中枢に裏通りの一組織として登録するに至る。


    龍雲は組織の長に恩義を感じていたため、組織に貢献する事で、悲痛を忘れようとしていた。しかし、そんな龍雲に、嫌でも家族を――失った息子を思い出す出来事が起こる。


    息子が死んだ時と同じくらいの年頃の少年が、龍雲の前に現れたのである。


    その子と接し、その子に戦闘訓練を施しながら、龍雲は息子とその子を重ね合わせていた。


    龍雲は誓った。この子は死なせないと。この子を守るためにも、自分も死なないと。


    ***


    踊る心臓本部。ランディと龍雲は、始末屋五人が敗北し、そのまま反物質爆弾が奪われ、輸送されているという報告を受けた。


    「やっぱり春日はしくじっていたか。またしても奴等に奪われるとはな。しかし……ぎりぎり間に合った」


    敗北と奪われた報告以外も、ランディは受けていた。


    「妊婦にキチンシンクがもう少し早く出てきてくれればな」


    龍雲が少し苛立ちを込めてぼやく。部屋には今、ランディと龍雲しかいない。


    「向こうには向こうの都合があったんだろう。こちらの人員の欠如や、始末屋の費用も、全て負担してくれるらしいから、それでよしとする」


    冷然と言ってのけるランディであるが、本心は腹が立っていた。妊婦にキチンシンクが、もっと早く引き取り日時を設定してくれれば、そしてもっと早く参戦してくれれば、踊る心臓の犠牲者も少なかったはずだ。それに敵とはいえ、無駄に情報屋や始末屋達も死なずに済んだ。殺さずに済んだ。


    部下の前ではおくびにも出さないが、部下を死なせることも、例え対立する者達を殺すことさえも、ランディは激しく心を痛めている。死を悼んでいる。


    踊る心臓の好戦的な方針自体も、ランディは正直嫌っている。しかし組織の方針に合わせ、振舞わなくてはならないという強迫観念に捉われている。そのため、組織にとって邪魔なものは即座に敵と判断し、徹底的に叩く、獰猛さと冷徹さを備えたボスを演じ続けている。


    大人達が望むからそれに従い、大人達を従える子供。それが自分であると、ランディは意識している。


    そしてそんなランディの意識を、龍雲は見抜いている。ランディにとってそれが苦痛であることも。


    龍雲は度々忠告しているが、ランディも中々頑固で、聞き入れようとしない。


    「よくはない。失った命は金と引き換えにはできない」


    少し強めの口調で龍雲はぴしゃりと言う。


    「わかっている。失言だった」


    はっとするランディ。


    「まあ……失言なのも確かだろうし、お前の本音ではないだろう。だが別のことはわかっていないままだ」


    この期とばかりに龍雲が吐き出す。


    「お前が……まともな心を失っていないようで、それは安心しているが、冷酷なボスとして振舞い続けるのは問題だ。そんなことをする必要は無いと何度も言ってるのに、やめようとしない。何か理由でもあるのか?」


    「必要なことだからしている……いや、最初に必要だと思ったから、こうした」


    龍雲相手には誤魔化しは効かないと見て、ランディは思う所を口にする。


    「最初にそうやったから、上手くいってる。今、こうして上手くいっているのに、それを突然変えたとして、上手くいく保障はあるか? 俺の都合だけで……」


    いつもの冷淡な喋り方ではなく、素のランディを滲ませるトーンの声で話す。


    「もう少し緩めた方がいい。お前の態度も、組織の方針もな。それはお前のためだけではなく、組織のためにもなる」


    「俺が間違っていると言うのか?」


    静かに諭す龍雲だが、むっとした顔になるランディ。


    「俺を思い通りにしようとするなよ。俺はあんたの息子じゃない」


    ランディの言葉に、今度は龍雲がむっとする番であったが、同時にぎょっとしてもいた。


    (理屈に合わぬ感情に走る子ではなかったが、そろそろ反抗期ということかな)


    そう考え、自分の怒りをすぐさま鎮める龍雲。


    「息子に見立てていたかもしれん」


    「え?」


    吐露する龍雲に、ランディは怪訝な面持ちになる。


    「いや、しれん……ではないな。お前を死んだ息子に重ねていた。迷惑だったな。すまん」


    「……」


    龍雲の突然の告白に、ランディはすっかり動揺していた。どんな言葉を紡げばいいのかわからくなっていた。


    (やはり言うべきではなかったか。俺もどうかしている)


    顔色を変えて言葉を失っているランディを見て、龍雲は大きく息を吐き、それ以上は何も言わず、無言で部屋を出ようとする。


    「別に……迷惑じゃない……」


    扉をくぐろうとした際、消え入りそうな声でぽつりと告げたランディの言葉が、龍雲の耳に入った。


    「そうか」


    部屋を出る際、龍雲がほんの一瞬、ほんの微かに口元を綻ばせたのを、ランディは確かに見た。


    ***


    溜息中毒が用意したトラックの荷台に反物質爆弾を乗せ、さらにそのトラックの周囲を溜息中毒の車数台ががっちりと固めて、安楽市内を輸送していく。


    この後は、東京湾へと運び、米軍へと引き渡す予定だ。しかしスムーズに行くとは誰も思っていない。絶対に取り返しに来ると予期している。


    重傷の麗魅と克彦は雪岡研究所へと送られ、真、来夢、優、美香、青島の五名が、爆弾と同じトラックの荷台に乗り、襲撃に備えている。瞬一は別の車に乗っている。


    『こちら瞬一。前方に検問確認。用心されたし』


    瞬一から連絡が入る。


    「警察には話がついているんだろう!?」


    「そのはずだし、警察だってこいつの居場所を追っていたよ。しかし……襲うには絶好の機会でもあるな」


    叫ぶ美香に、真は目の前の黒い物体を見ながら言った。


    『ちょっと列になってて止まっちゃってる。前方で揉めてるみたいだし』


    「先回りして、仕組まれている感があります。こうなると警察にいくら話がついていても無関係でしょう」


    助手席にいる瞬一の報告を聞き、青島が言った。他の四人も同感だった。揉めている者が正に、踊る心臓の手の者と考えられる。


    直後、当然激しい金属音が両脇から響いた。


    トラックの荷台の壁に、超音波震動式チェーンソーで切れ目が入れられていく。


    『両脇をタンクローリーで固められています! 護衛の車は強引に押しらかされました! 警察も含めて、周囲は軽い混乱状態で、組織の者も警察に足止めされている状態です!』


    トラックの運転手を務めていた、溜息中毒の構成員が現状を報告してきた。


    「ハメられた?」


    座っていた来夢が立ち上がる。正美に殴られて顔が腫れあがっている。


    「ああ、不味いな」


    真が銃を抜き、荷台の後方から出ようとしたが、扉が開かない。


    「優、扉を壊せ」


    「はいはい、消しますねえ」


    真の要請に従い、優が扉を見て消滅させる。


    扉が消える。扉は強力ゴムテープを多重に貼り付けられて、開かなくされていただけだったようで、扉が消えた後にテープがひらひらと舞っている。


    後ろから出ると、後方にもタンクローリーが確認できた。


    美香が運転席めがけて銃を撃つが、防弾ガラスのようで、銃弾は止められた。


    「おい、やめろ。タンクが爆発を起こしたら、反物質爆弾も爆発しかねない」


    真が美香を止める。


    そうこうしているうちに、トラックの両脇に大きな穴が開けられ、フルフェイスフルアーマーの兵士が数名、警棒を持ってなだれこんでくる。


    入り込んだ兵士達は、来夢が反重力で吹き飛ばし、青島が投げ技で蹴散らしていく。


    力押しは難しいと判断され、トラックの荷台の中に、催涙ガス弾が投げ込まれる。しかし優が消滅視線ですぐに消す。


    「何とか凌いでいますが、狭い空間で取り囲まれた状態ですし、このままではいいようにやらてれしまいますな」


    青島が言った。


    「運命操作術も併用してみる!」


    美香が再び銃を構えるが、真がその銃に手をかけて再び制した。


    「やめておけよ。運命操作術だって完璧ではないんだろうに」


    「しかし! このままではまた奪われるぞ! 奪い奪われ、何回繰り返せばいいんだ!」


    「気持ちは皆同じだろう。最悪の場合、反物質爆弾が爆発して、日本が半壊するんだぞ」


    「それならいっそ私が消しちゃいますう?」


    「あ、そっちの方がいいね」


    優の提案に、来夢が同意する。


    『ちょっとちょっと、勝手にそんなことされても困る。中枢からは運べと言われてるのにさ』


    「優が言うように、消した方が手っ取り早いと思うけどな……。お偉いさんの都合なんか無視してさ。それでこの騒動は収束がつく」


    慌てる瞬一に、真が遠慮の無い言葉を浴びせる。


    「身も蓋も無いことを言うな! お前や純子はしがらみ無視のフリーダムを通せるだろうが、誰もがそういうわけじゃない!」


    「悪かった。でもやっぱり馬鹿げてる」


    美香に怒鳴られ、謝罪しつつも考えは曲げない真であった。


    「じゃあタンクローリーを消しちゃいますよう」


    優が申し出る。


    「全部消せるのか? お前の消滅視線だって有効範囲があるだろう。タンクローリー全てを消さないと、もし中にガソリンが詰まっていたら、いろいろとややこしいことになるぞ。そのために敵はタンクローリーなんかわざわざ持ち出してきたんだ」


    「あ、そうですねえ……。ちょっと大きすぎて全ては難しいです。うーん……一部でも中のガソリンが見えれば、タンクの中味も消せるんですけど……」


    真に制されて、優は顎に手を当てて小首をかしげる。


    「難しいが、このままブツを取り囲んで、地道に凌いでいこう。優と来夢の力があればわりと何とかなるだろ」


    「私の力もあてにしろ!」


    真の言葉から自分が抜けていたので、すねたようにアピールする美香。


    「美香もあてにしていいと思う。いつもは馬鹿だけど、こういう時の美香は頼りになると信じよう」


    「いつもは馬鹿は余計だ!」


    珍しく美香をフォローする来夢だが、きっちりとディスるのも忘れないため、美香も突っ込んでおく。


    「わかっているよ。たまたま言い忘れ……」


    真が喋りかけて、中断した。


    反物質爆弾を入れたケースの周囲に、白い手と足が現れた。


    それは白い下半身に、白い人の手だけが生え、上半身に相当する部分は見受けられなかった。一応臀部はあるが、足と手だけの存在と言ってもいい。そんな得体の知れぬ怪異が、ざっと八体も沸いて出た。


    それらは一斉に手を伸ばし、ケースを掴む。そしてケースを抱え上げて持ち運ぼうとする。


    『大変です! 春日祐助が逃走しました!』


    「怪奇現象発動! 妖怪反物質爆弾隠し! 無くなったものは全部妖怪の仕業!』


    溜息中毒構成員の連絡の直後、春日の勝ち誇った叫びが響いた。


    来夢が加減して重力をかける。しかし白い手足だけの怪異は、重力をものともしないように、反物質爆弾を運び出さんとする。


    優が消滅視線で白い手足だけのそれを消したが、一度に八体は消せない。一体ずつ消しているうちに、反物質爆弾はあろうことか、床をすり抜けて消失した。もちろん白い手足も一緒に。


    「回復したし、いつでも逃げることはできたんだよねー。へへへ、じゃあね~」


    春日が明るい声を発し、べろべろばーをしてから、タンクローリーの下へと潜りこんで逃げていく。


    「まんまとやられたな……」


    「春日を一緒に連れてきたのが失敗でしたか」


    「おのれ! また奪い返されるとは!」


    真、青島、美香がそれぞれ言った。


    「俺はタンクが危なくて重力弾使えなかったけど、美香の運命操作術と俺の能力とを組み合わせれば、有効だったかもしれない。今度もそういう機会が繰るかもしれないから、二人で上手いこと連携取って対処するパターンを、幾つか考えて決めておかない?」


    「そ、そうだな! わかった!」


    いつも自分に突っかかってくる来夢が、冷静に連携の提案をしてきたので、美香は戸惑いつつも了承した。
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